日本は、高度な科学的知見と質の高い治験データで知られ、世界第4位の医薬品市場を有しています.
しかしながら、治験実施の効率化においては長年にわたり課題が存在してきました。複雑な運用要件、長期化する審査プロセス、さらには国際基準との不整合などにより、国際共同治験への参加は相対的に低水準にとどまっていました。
加えて、日本ではいわゆる「ドラッグラグ」および「ドラッグロス」の問題にも直面しています。これは、海外で承認された新薬の開発が日本で進まない、日本で始まらないという問題です。この問題は対象患者数が限られる小児疾患や希少疾患の分野では一層深刻です。
こうした背景のもと、日本は近年、ドラッグラグおよびドラッグロスの解消と国内治験の近代化に向けた取り組みを本格化させています。多様な制度改革を通じて、国際基準と整合した、効率的かつ持続的に治験を実施するための仕組み(治験エコシステム)を構築し、革新的な治療を迅速に患者さんへ届ける体制づくりが進められています。本稿では、その主な改革と、日本の治験実施国としての魅力をどのように高めていくのかをご紹介します。
国際共同治験実施の制度改革
国際共同治験(Multi Regional Clinical Trials: MRCT)は、単一の試験プロトコルのもと、複数の国・地域で実施される臨床試験であり、グローバルな医薬品開発における重要な手法です。
日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、ドラッグロス対策の一環として、MRCTを実施しやすい環境整備を進め、国際的な規制要件との整合性を高める取り組みを優先してきました。
その中でも重要な意味を占めるのが、2023年12月に発出された厚生労働省医薬局医薬品審査管理課長通知です。従来、日本でMRCTを実施するには、日本人被験者による第I相試験の実施が前提とされていました。
しかしながら本通知後は、この要件は一律ではなく、ケースバイケースで判断されることとなりました。具体的には、治験薬の安全性プロファイルや民族差が安全性・有効性に影響する可能性などを踏まえて評価されるようになったことです。
これらのリスクが低いと判断される場合、日本人を対象とした第I相試験の実施は必須ではなくなり、日本でMRCTを実施する際の大きな障壁が取り除かれました。
迅速承認制度
医薬品開発の促進と市場への迅速なアクセスを実現するため、日本では複数の迅速承認制度の導入・強化が進められています。
そのひとつが「先駆け審査指定制度(Sakigake)」です。この制度は、重篤な疾患に対する革新的な医療製品の開発を促進するもので、米国食品医薬品局(FDA)のBreak Through Therapy指定や欧州医薬品庁(EMA)のPRIME制度に相当するものです。
具体的な支援内容はPMDAによる優先相談や承認申請前の資料評価などであり、審査期間も6カ月と、優先審査の9カ月や通常審査の12カ月に比べ大幅に短縮されます。
もうひとつの重要な制度が「条件付き早期承認制度」です。これは、重篤な疾患に対する有効性の高い医薬品を可能な限り早期に実用化することを目的としています。
本制度では、その医薬品は、一定の安全性と有効性が示されれば、検証的試験が完了していなくても条件付きで承認される場合があります。ただし、市販後には改めて安全性・有効性の再評価が求められます。
適用条件としては、既存治療を上回る有効性が期待されること、そして患者数が少ない等の理由により検証的臨床試験の実施が困難であることが挙げられます。
充実した相談制度
日本の治験エコシステムを支えるもうひとつの重要な要素が、PMDAによる包括的な相談制度です。
この仕組みにより、スポンサーは治験の設計や申請データに関する助言を受けることができ、開発リスクの低減とプロセスの効率化が可能になります。
近年は特に、重点領域における支援体制の強化が進んでいます。2024年7月には「小児・希少疾病用医薬品開発相談センター」が設立され、これらの分野における科学的助言が強化されました。
さらに、PMDAは同年から開始したタイや米国などへの海外拠点の設置を通じ、外国企業に対する規制情報の提供と支援を強化しています。
これらの取り組みにより、日本の規制に不慣れな企業でも、後期臨床試験の準備が進めやすくなり、審査スケジュールの予見性も向上しています。
治験エコシステムのもたらすメリット
治験エコシステムによる治験の効率化は、さまざまなステークホルダーに対して多くのメリットをもたらしています。
グローバル企業にとっては、事前の日本人被験者による早期臨床成績の必要性の見直しによりMRCTが実施しやすい環境となりました。実際にMRCTの国内実施を前提とした制度導入により、国際開発のスピードに即した国内治験が増え始めています。
日本の医療システムにとっては、ドラッグロスの解消に加え、海外で計画された治験への参加が容易となり、革新的医薬品へのアクセスが拡大します。
また、日本企業にとっては、MRCTを活用することで開発や販売の国際化の機会が広がります。特に、制度改革に伴う規制の見直しは中小規模のバイオ企業のコスト負担の軽減と成長機会の創出をもたらしています。
期待される将来展望
こうした改革への取り組みにより、日本の治験環境は着実に進化を遂げています。MRCTへの参加割合は年々増加し、2021年以降は国内で実施される治験の60%を超えており、国際開発に応じた環境が整いつつあることを示しています。
さらに、2025年9月時点の集計では、新規有効成分を含む24品目の医薬品が承認されるなど、新薬開発が活発化してきたことも確認されています。
現在、国内外の企業が医療にとって価値の高い開発プログラムを積極的に推進しているように、日本の治験の実施拠点としての魅力はますます高まっています。
参考文献
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